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神戸地方裁判所 昭和53年(行ウ)2号 判決

原告

神頭貞延

外一四五名

右原告ら訴訟代理人

西村忠行

外六名

被告

兵庫知事

坂井時忠

右指定代理人

小林茂雄

外一六名

主文

原告らの訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が、昭和五二年一〇月八日兵庫県に対してなした、姫路市白浜町字常盤三〇〇六―一番地先から同所三〇〇四―一番地先公有水面79万3109.13平方メートルの公有水面埋立免許処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

〔本案前の申立〕

主文同旨

〔本案に対する答弁〕

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因(原告ら)

1  原告らの地位

原告らは、いずれも後記本件埋立予定地附近の海域で操業する漁業者(原告番号1ないし5)もしくは周辺に居住するもの(同番号6ないし146)である。

2  本件免許

被告は、昭和五二年一〇月八日、公有水面埋立法二条一項の規定により、兵庫県に対し、液化天然ガス(以下LNGという)基地建設のため、姫路市白浜町字常盤三〇〇六―一番地先から同所三〇〇四―一番地先公有水面79万3109.13平方メートルの公有水面埋立免許処分をなした。

3  瀬戸内海―特に播磨灘北部―における公有水面埋立と工場立地の経過と現状

(一) 瀬戸内海沿岸一一府県では、戦後埋立が本格化して以来、昭和五〇年現在で、二万九一三〇ヘクタールの埋立がなされ、うち、兵庫県沿岸は各府県中最高で、その15.6パーセントに該る四五五〇ヘクタールが埋立てられ、相次いで鉄鋼、石油製精、電力、化学工業など、基幹産業が立地されてきた。

この経緯の中で、瀬戸内海沿岸の対全国比産業集中度は、

鉄鋼  62.0パーセント

火力発電  34.6パーセント

石油製精  38.2パーセント

石油化学  37.6パーセント

という異常な数値を示すに至つている。

(二) 昭和三九年に工業整備特別地域に指定された姫路市臨海地帯を中心とする播磨灘北部には、重化学工業など基幹産業が集中し、それらの工場が林立している。

これが為、兵庫県下でもとりわけ姫路市には、公害・危険発生源となる産業が集中しており、特に石油等危険物のについては、

石油類貯蔵量

(kl)

高圧ガス処理量

(m3/日)

兵庫県

六、〇〇六、五二八

一八四、五九四、二二六

姫路市

三、六七七、二四六

一一七、五四六、二九三

比 率

六一・二%

六三・七%

という数値となつて現われている。又、屋外タンク貯蔵基数については、六万キロリツトル以上のものは、県下一六基が全て姫路市に集中している。

(三) このように、姫路市内に公害及び危険の発生企業が集中した結果、最近でも爆発或いは石油類流出等の事故が続発している。主なもののみを掲げると、

昭和五一年三月九日 日本触媒化学工業

同年六月二〇日 新日本製鉄広畑製鉄所

同年同月二一日 右同

同年七月七日 東伸製鋼

同年八月九日 関西電力姫路第二火力発電所

同年八月二二日 東伸製鋼

同年九月二六日 日本触媒化学工業

同年一一月二七日 右同

同五二年四月二七日 出光興産

同年六月七日 日本砂鉄

同年六月一四日 ダイセル

というように、それぞれの日時、姫路市及び周辺のそれぞれの工場で、市民に不安を与え、人命を損傷する災害が発生しているのである。

(四) 又、当然のこととして、姫路市に於ては大気汚染の進行も著しく、姫路東部での大気中の一酸化窒素濃度は、三年連続国内最高であり、二酸化窒素濃度も五一年度県下最高であり、光化学スモツグが頻繁に発生し、姫路臨海部の学童のゼンソク罹病率も、兵庫県下で最高となつている。

(五) 海洋汚染もひどく、瀬戸内海、従つて特に姫路市沿岸部を含む播磨灘北部での赤潮は、その発生件数(昭和五一年度瀬戸内海全体の発生件数三三六件)においても、その規模と毒性においても、年々増加の一途を辿つている。更に、沿岸水域でのヘドロの堆積と、その中に含まれるクロム・鉛・水銀等の重金属の蓄積が進んでおり、又海の生態型や漁業資源に重大な意味を持つ藻場が著しく減少している。

(六) 瀬戸内海沿岸の住民・漁民は、瀬戸内海の汚染・沿岸企業により発生する公害・災害を防止して、環境と生命を守るべく、次々と闘いに立ち上がり、ここに遂に、昭和四八年には、

「政府は、瀬戸内海が、わが国のみならず世界においても比類のない美しさを誇る景勝地として、また、国民にとつて貴重な漁業資源の宝庫として、その恵沢を国民がひとしく享受し、後代の国民に継承すべきものであることにかんがみ、瀬戸内海の環境の保全上有効な施策の実施を推進す」べきである(第三条)

とする瀬戸内海環境保全臨時措置法が制定されるに至つた。

続いて、昭和四九年五月九日には、瀬戸内海環境保全審議会は、環境庁長官に対し、右法案に基づく埋立配慮について検討した結果、特に汚染の激しい播磨灘北部等六海域を指定し、これらの地域では、公害防止・環境保全に役立つ施設を除いては、埋立をできるだけ避けるよう要請するとの答申を行ない、同四九年六月一八日付で、環境事務次官から各瀬戸内海関係府県知事・各政令市長あてに右答申の意向を体し、瀬戸内海の環境保全に万全を期せられたいとの通達が発せられている。

4  本件埋立免許に至る経緯

(一) 昭和四六年一〇月三〇日に締結された関西電力姫路第二火力発電所五・六号機の増設に関する、兵庫県・姫路市、関西電力間の公害防止協定において、右増設機の燃料として昭和五四年度からLNGを使用すること、既設の一ないし四号機についてもLNGを燃料とするよう努力することが定められた。

右協定では、公有水面の埋立は全く考えられていなかつたし、その主目的が播磨南部地域の大気環境の改善にあつたことは明らかである。

(二) 同五〇年五月、兵庫県・姫路市は、「姫路液化天然ガス基地の建設概要」を発表した。右概要には本件公有水面埋立の面積は九〇ヘクタールが予定され、LNG年間導入量は、三七〇万トンとされた。そして、その内訳は、関西電力姫路第二火力発電所の燃料としての一七〇万トン以外に、前記公害防止協定には何ら計画されていなかつた播磨地域の事業所の燃料として一〇〇万トン、都市ガス供給用として一〇〇万トンが盛り込まれた。しかし、現在においても右事業所用及び都市ガス用の計二〇〇万トンについてはその必要性は何ら明らかにされていない。

(三) 同五〇年一二月、兵庫県及び姫路市は「姫路液化天然ガス基地に関する影響評価」いわゆる環境アセスメントを発表したが、右アセスメントは、「アセスメントの三原則」である住民参加、現地主義、公開主義に相反するものであり、その内容たるや、基地建設を推進する目的以外の何ものでもない。

(四) 一方、同五一年七月、姫路港

湾管理者は姫路港湾計画の一部を変更した。その変更内容は、本件埋立により建設が予定されているLNG基地への航路の浚渫及び防波堤、泊地の建設を目的とするもので、右航路等の工事は、翌五二年二月四日に開始された。

(五) 同五二年二月二日、公有水面埋立法によつて運輸大臣へ本件埋立の認可申請をなし、同年一〇月四日には、環境庁長官は運輸大臣に対し、四条件を付した上、本件埋立について「やむを得ない」旨回答し、同日、運輸大臣の認可がなされ、同月八日被告による兵庫県に対する本件公有水面埋立免許が左記の内容で為されるに至つた。

(1) 出願人の住所及び名称

神戸市生田区下山手通五丁目一番地

兵庫県

(2) 埋立区域

イ 位置 請求の趣旨記載のとおり

ロ 面積 79万3,109.13平方メートル

(3) 埋立てに関する工事の施工区域

イ 位置 姫路市白浜町字常盤三〇〇六―一番地先から同所三〇〇四―一番地先に至る公有水面

ロ 面積 98万8,334.8平方メートル

(4) 埋立地の用途

電気事業用地、ガス事業用地、冷熱事業用地、道路敷及び緑地

なお、同年一一月一五日には右免許による埋立工事が着工されている。

5  本件免許の違法性

(一) 本件埋立免許は、公有水面埋立法四条一項、二号及び三号に違反し、瀬戸内海環境保全臨時措置法一三条に違反するもので取消を免れない。

本件埋立は、潮流の変化や停滞を引き起こし、その環境に与える影響は、重大である。又、兵庫県は、免許対象海域の底生生物の存在、藻場の存在を否定しているが、これは重大な事実誤認であり、底生生物や藻場に与える影響は必至である。即ち、姫路市木場に存する小赤壁前の海中には播磨灘北部に残された藻場の重要な部分が存し、カニ、エビの産卵、生育にとつて不可欠なものであり、そこで成育した右生物は広く播磨灘に漁業資源として拡がつており、又、播磨灘北部では、西から東へ恒流が流れ、その汚染の浄化と拡散がはかられているところ、本件公有水面埋立は、その恒流を遮断し、本件埋立地の東部に、重大な潮流の停滞とそれに伴うヘドロの滞積と赤潮の滞流及び汚染の蓄積をもたらす。

原告番号1ないし5の原告らはいずれも、その表記住所地に居住し、播磨灘を主たる漁場として漁業に従事し、その生計を立ててきた。本件公有水面の埋立は、その漁業資源を喪失させ、右原告らの漁業者としての生活に重大な生活を及ぼす。

その余の原告らは、本件埋立地附近に居住し、古くから白浜海岸で、海水浴、汐干狩等、自然環境とかかわり、豊かで安価なリクリエーシヨンの場を享受してきた。

瀬戸内海環境保全臨時措置法は、一三条で、埋立に関する免許にあたり、瀬戸内海の特殊性について配慮すべき旨の規定の運用を瀬戸内海環境保全審議会の調査審議に委ね、同審議会の昭和四九年五月九日付答申(瀬戸審第一二号、答申二号)は、1の(2)の(ロ)において、埋立そのものの海水浴場等の利用に与える影響が軽微であることと定めている。しかるに本件埋立は、前記のとおり、ヘドロの滞積と汚染の蓄積及び赤潮の滞流で、白浜自然海岸の海水浴場としての効用を喪失させるのみならず、右原告らの豊かで安価なリクリエーシヨンの場を奪い、右原告らの享受してきた利益を侵害する。

又、本件埋立の現実の作業をみても、そのにごりは兵庫県の想像以上のものがあり、その意味でも、被告は何ら環境上の配慮をしていないことが明らかである。

(二) 埋立免許は、国土利用上公益性のあることが要求されているが、本件埋立免許には何らの公益性もなく、かえつて、原告ら住民に不利益を強いるのみで、違法であることを免れない。

(1) 本件埋立地上に建設されるLNG基地については、以下にのべる如く、一度事故が発生すれば、そのエネルギーは、現在の技術では制御不可能であり、原告ら住民への被害を回避することも不可能なものである。この基地は、一度建設されれば、半永久的に存続するものであり、原告ら住民は一生涯、その生命財産の危険と同居し続けなければならない。

イ LNGの性質

LNGとは、文字通り、天然ガス(Na-tural Gas)を液化(Liquefy)したものである。LNGの主成分はメタンである。メタンの沸点は、マイナス161.5度であるから、LNGは天然ガスをこの沸点まで冷却したものである。

天然ガスの主な性質は

ガス比重 0.55

総発熱量(kcal/Nm3)九一五〇

着火温度 五三七度

爆発範囲 五乃至一四%

燃焼温度 一、二五〇度

である。

(注) 温度はいずれも摂氏である。

右ガス比重の値は15.6度におけるものである。気化しても、マイナス一一三度までは、空気より重く、その後、右温度に達するまで、徐々に比重が小さくなつてゆくのである。

LNGの液化重は0.45乃至0.50である。従つて、LNG一トンは約2.2キロリツトルである。

このLNGは気化すれば、体積は約六〇〇倍に膨張する。

ロ 本件LNG基地の規模

本件LNGの基地は

既埋立地 一五万平方米

本件埋立地 九〇万平方米

計  一〇五万平方米

の面積を有する。

この基地上に、

容量八万キロリツトルのLNG貯蔵タンク  一七基

容量四万キロリツトルのLNG貯蔵タンク   一基

の計一八基、合計容量一四〇万キロリツトル、約六七万トンの貯蔵能力を有するタンクが設置される。

このほかLNG気化装置、LPG貯蔵タンクなども設置される。

この基地の年間供給量は三七〇万トンである。これは、我国では、千葉県袖ケ浦のLNG基地(年間供給量五七八万トン)につき、二番目の規模を有する巨大なものである。

このLNGは、五五、〇〇〇トン(一二五、〇〇〇キロリツトル積のLNGタンカーにより、インドネシアから、友ケ島水道、明石海峡を経て搬入される。従つて、単純計算によれば、満載のLNG船が年間六七回強、5.5日に一度の割合で入港してくることになる。

ハ LNG事故の非惨さ――これまでの事故例より

(イ) 地上事故について

一九四四年(昭和一九年)一〇月二〇日午後、アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランドに所在するイーストオハイオガス会社のLNG基地で事故が発生した。この基地には

円筒型保冷タンク一基

球型保冷タンク三基

の計四基のLNG貯蔵タンクが設置されており、合計容量は五〇〇〇キロリツトルであるところ、各タンクは満杯の状態であつた。同日午後二時四〇分頃、第四号円筒型タンク付近にガス漏れが発見されるや、拡がつたガスに引火してタンク方向にフラツシユバツクした。

炎はガスプラント全地区をおおい、南方二〇〇メートルほど離れた街路沿いの建物が激しい勢いで燃え上がつた。プラントに最も近い建物は、内から外に炎をふき出すようにして燃えた。

最初の爆風と熱波により出火した建物のほかに、火のついたLNGのしみ込んだ石綿が、火炎による上昇気流に運ばれて広範囲に雨のようにふりかかり、多数の住宅・店舗・工場に燃え移つた。

又、地下溝や地下ダクトに流れ込んだ液化ガスや、ビルの地下に流れ込んだガスは、絶え間なく爆発をくり返し、マンホールカバーをふき飛ばしたり、ビルに火災を発生させた。爆風は舗道・水道管のほか、店舗・住宅の窓を多数損壊した。

最初の爆発から約二〇分後、第四号タンクに隣接する第三号球型タンクの鉄骨支柱が熱を受けて曲がり、タンクは炎の柱をふき上げながら爆発し、崩壊した。

午後七時三〇分頃、タンクより約四〇〇メートル離れた交差点で活動中の消防ポンプの真下で突然爆発が起こり、広さ一八メートル×九メートル、深さ7.9メートルの巨大な穴があいたほか、一連の大小の爆発が夜遅くまで続いた。

この事故による死者は一三三名で、殆んど識別できないほど無惨に焼けただれていた。被害範囲は約六五万平方米に及び、そのうち11.7万平方米内の可燃物は全て焼失した。

このほかにも、LNGの事故は多数発生している。例えば、一九七八年六月四日、インドネシアスマトラ島北部のアルン石油液化天然ガス基地で火災が発生した。当時の新聞報道によれば、消火までに六〇日を要するとされていた。消火作業には米国の特殊作業隊があたつたとされているが、いつ鎮火したのか或いは今だに燃え続けているのか、明らかでない。その原因・実態が全く明らかにされないことが、まさにその政治性、秘密性、底知れない危険性を雄弁に物語つている。

(ロ) タンカー事故について

積載物はLNGとは異なるが、同じ可燃性(液化)ガスタンカーの事故例で有名なものに第一〇雄洋丸がある。

昭和四九年一一月九日午後一時頃、東京湾、中の瀬航路北端において、同航路を川崎に向けて北上中の第一〇雄洋丸(積載重量四三、二三二トン)と君津からロスアンゼルスに向け出航中の貨物船パシフイツクアリス号(積載重量一〇、八七四トン)とが衝突した。第一〇雄洋丸はLPG・ナフサ混合のタンカーで、当時、ナフサ三万キロリツトル、LPG三五、〇〇〇キロリツトル、液化ブタン一万キロリツトルを混載していた。

第一〇雄洋丸の右舷前方に生じた破孔からナフサが燃えながら噴出し、これが為パシフイツクアリス号の乗組員が全滅するなど、悲惨な二次災害が発生したのであるが、問題はこれにとどまらず、可燃性ガスタンカーの事故につき、人類が有効に対処する方策をもち合わせていないことを明らかにしたのである。

従来から、可燃性液化ガスタンカーの衝突事故は、一旦発生すれば手がつけられないと言われてきたのであるが、右事故では、それだけではすまず、タンカーは燃えながら漂流し、コンビナート地区を直撃して未曾有の大惨事を引き起こす危険性が現実のものとなつたのである。

すなわち、ナフサの炎と時々噴出するLPGの炎に包まれた第一〇雄洋丸は風と潮流に流されて、東京湾内を漂流し、八時間後には横須賀に接近してコンビナート直撃の危険性が明らかとなつたため、炎上する第一〇雄洋丸を曳航して木更津沖に座州させた。

第一〇雄洋丸は、さながら燃える海底油田の態を呈した。

LPG抜き取りは、引火爆発のため危険であり、かといつて、放置してLPGを全て燃焼させ尽すには長時間(例えばLPGの一万キロリツトルタンクが空になるまでに七七日)を要することが予想された。

このために危険を冒して外洋に曳航して処置することとなり火勢のおとろえを待つて消火泡をタンク内に吹き込み、安全と思われる状態で曳航したのであるが、外洋へ出てしばらく後、野島崎沖で再び大爆発を起こした。ここに万策尽きて、ついに曳索を切断して漂流させ、衝突事故発生から二〇日後、海上自衛隊が出動して沈没させたのである。

ニ LNGの危険性

以上のべたところからみても、LNGの危険性は想像を絶するものがあり、本件埋立は、この危険性の問題を素通りできないことを明らかにしている。

(イ) 絶対安全なタンクはない。

「絶対安全」「完全無欠」をうたう危険物貯蔵設備・化学プラント等に、続々と事故が発生している。現に、本件LNG基地にも、事故発生を前提に防液堤が設置されたり、小規模事故に対処するための防・消火態勢が予定されている。

(ロ) 「液化天然ガス」という言葉そのものが二重の意味での危険性を示している。

第一に、「液化」は、気体のままの運搬・貯蔵が不経済・困難であるので、その体積を圧縮するのが目的である。これは、液が漏れると、それは何百倍ものガスを解放することを意味するのである。つまり、LNGの低い沸点と高い揮発性は、そのまま危険性に直結するのである。

第二に、石油類と異つて、液化天然ガスは、一旦解放されると激しい勢いで気化し、この気化したガスについては、コントロールが不可能である。石油基地の防液堤は、一定の役割を果す。しかし、LNG基地に設置される防液堤はガスの発生・拡張に対し、何らの抑制機能をもたないのである。

(ハ) 前記各事故の際も、一旦発生した事故について、人間は全く無力であつた。ところで、本件LNG基地やタンカーは、その規模に於いて桁がちがう。例えば、アメリカオハイオ州の事故では、タンク四個の全容量が五、〇〇〇キロリツトルであつたのに対し、本件基地のタンクは、一個の容量のみで八万キロリツトル(一六倍)である。

(ニ) 一旦事故が発生すると、被災範囲は、基地を設置し管理する企業のみにはとどまらない。むしろ、LNG基地の設置に反対し、或いはその設置管理に何ら関与しない原告ら住民こそが大きな被害を被るのである。

以上のような、LNG基地の危険性にもかかわらず、敢えてLNGの基地が必要であるというのであれば、その設置場所は民家や危険物集積地から充分安全な距離を隔てたところが選ばれなければならない。企業や当局者が敢えてこの原則を無視するというのであれば、それは人類の安全への挑戦であり、不遜な態度である。

LNGタンカーの航路についても同様のことが言える。

ホ LNG危険性――爆発危険円について

(イ) LNGは大気中に出ると、地面や大気からの熱を受けて急速に蒸発してガスに戻る。蒸発は、最初は非定常で激しいが、次第に落ちついて、最終的には蒸発に必要な熱量と外からの受熱量がつり合つた点で平衡を保ち、蒸発は定常的となる。

普通の土の上に漏れたLNGの場合、最初の蒸発速度(液面降下速度)は一分間当り三六乃至五〇ミリメートル程度であるが、平衡に達すると、一分間当り五ミリメートル程度に落ちつく。

(ロ) 気化した天然ガスの比重は、空気を一とした場合約0.55である。この空気より軽いはずの天然ガスは、大気中に解放されても余り上昇せず、プロパンガス(比重1.547)と同じように地をはうように拡散してゆく。大量の低温液化ガスの拡散については、重いガスと同じように考えられなければならない。

(ハ) 燃焼速度について

火災の激しさは、燃料が単位時間当りどのくらい燃えるかによつてきまる。これを燃焼速度といい、タンク火災や防液堤火災のように容器内で燃える場合は液面降下速度であらわされる。LNGの場合は一分間当り10.4乃至11.4ミリメートルである。ガソリンの燃焼速度が一分間当り4.8ミリメートルであるのに比べると非常に激しい燃焼である。

(ニ) LNGの爆発危険円について

LNGが流出してガス化したものが拡散すると、ガス濃度が爆発限界に達している範囲は爆発炎上の危険に曝される。その最大距離を半径とする円が爆発危険円である。

この危険円は、LNG流出量と風速によつて大きく左右される。現時点で最も科学的で権威のあるAPIレポートにより、危険円を試算してみると、次のとおりである。

LNG流出重量

(トン)

危険円半径

(メートル)

五〇〇

三、九九三

一、〇〇〇

六、四〇一

二、〇〇〇

七、六二〇

四、〇〇〇

一〇、三六三

八、〇〇〇

一四、三二六

一六、〇〇〇

一九、五〇七

二〇、〇〇〇

二一、三三六

三〇、〇〇〇

二六、二一三

四〇、〇〇〇

二九、八七〇

五〇、〇〇〇

三二、〇〇四

但し、右は風速が一時間当たり五マイルすなわち、一秒当たり2.235メートルのときの値である。

右数値は、日本海難防止協会が算出した値と異なる。その原因は、右協会が、アメリカ合衆国鉱山局のレポートを誤つて引用したことにある。すなわち、右(ロ)でのべたところと関連するのであるが、地上や水面上に流出したLNGは冷却されたガス雲を発生し、結局、強度の逆転層が存在する場合と同様、垂直方向へは殆んど拡散せず、水平方向へ拡散してゆく。そして、この傾向は流出量が多くなるほど顕著になるのである。右協会の数値はこの事実を無視したものであつて正しくなく、ここに掲げた数値こそが科学的である。

右危険距離は、現時点で推定しうる一応の目安である。例えば三万トンのLNGが流出した場合、風速が時速五マイルの大気状況では、実に半径二六キロメートルの円がほぼ一時に爆発するのであり、そのエネルギーは核兵器以上のものであり、これまで人類が経験したことのない大惨事を引き起こすのである。

ヘ LNGの危険性――輻射熱について

(イ) 火災の激しさは、外に向つては、輻射熱としてあらわれる。輻射熱の影響は次のとおりである。

人間の皮膚が長時間耐えられる輻射熱量

一、〇八〇キロカロリー/m2

・一時間

木造家屋が延焼する限界

四、二〇〇キロカロリー/m2

・一時間

消防服着用者が接近できる限界

一〇、八〇〇キロカロリー/m2

・一時間

(ロ) 試算によれば、一辺二〇〇メートルの防液堤内のLNGが燃焼した場合、人間が一定時間継続して接近できるのは、2.7キロメートルまでであり、半径七三〇メートル以内にある木造建物は全て消失し消防服着用者でさえ、半径三八〇メートル以上離れた地点でないと消火活動ができないことになる。

(ハ) フアイヤーボールについて

従来は、原子爆弾の爆発の際に生じるとされていたものであるが、近時はむしろ、LPG・LNG・ガソリンなどの大規模貯蔵設備の火災の場合に発生しやすいとされている。その時の輻射熱発散は想像を絶するものであるとされている。

ト タンカー事故について

LNGタンカーに、他船が衝突してきた場合は、LNGタンクが破損するかどうかは、衝突船の大きさと速度による。排水量五、〇〇〇トン程度の小型船から衝突を受けた場合でも、その船速が八ノツト以上の場合はLNGタンクが破損することになり、排水量二万トンの船ならば、わずか4.5ノツトの船速でタンクが破損する。

例えば、東京湾の場合、昭和四五年当時の調査によつても、船舶運航速力は、平均、

六、〇〇〇トン以上  一三ノツト

三、〇〇〇トン以上  一一ノツトであり、これは、瀬戸内海の場合でも同様であると考えられ、従つて、衝突すればタンクは破損することになる。

タンクが破損すれば、ホの危険円でのべたとおり、それがたとえ海上であつても、原告ら住民にまで、被害の及ぶことが明らかである。

(2) 姫路市は、前述のとおり現在でも、石油・ガスをはじめ危険物の集積地域であり、しかも本件埋立地附近は、姫路市全体の石油類貯蔵量の大部分が集中している。本件埋立地上に建設の予定されているLNGタンクが爆発すれば、姫路市中心部までが焼き尽くされる。又、窒素酸化物をはじめ大気汚染も更に深刻な状況に追い込まれる。

本件埋立地附近には、播磨灘北部で残された数少ない藻場があり、漁業の操業も盛んであり、しかも、右附近及びLNG基地へ往復するタンカーの航路は海上交通の輻輳するところである。更に、本件埋立地附近は民家が密集しており、LNG基地の境界線から最も近い民家までの距離は約八七〇メートル、近接の白浜海水浴場までは、七〇〇メートルしかない。

本件埋立は、埋立が原則的に禁止されるべき瀬戸内海に位置し、漁業、海上交通に与える深刻さ、原告ら附近住民への悪影響、瀬戸内海保全の必要性等の面から、国土利用上の反公益性は明らかであり、その違法性は余りにも明確である。

(三) 公有水面埋立法並びに瀬戸内海保全臨時措置法及びそれに基づく「瀬戸内海環境保全臨時措置法第一三条一項の埋立についての規定の運用に関する基本方針について」(環水規一二七号)によると、瀬戸内海の埋立が原則的に禁止されると共に、埋立にあたつては、環境影響評価が要求されている。又、埋立地附近の漁民や住民に与える影響や瀬戸内海が国民の共有財産であることを考えれば、埋立免許を与えるに際しては、これらの者の納得が行政手続上要求される。しかるに兵庫県は、本件埋立を急ぐ余り、昭和五〇年五月に姫路液化天然ガス基地建設計画概要を発表、同年七月に右計画の基本調査を発表、あわただしく同年一二月に影響評価を発表、それでは不充分なことが明確になるや同追加を昭和五一年六月に発表した。その立場は、影響評価をした後に埋立の許否を決するのではなく、当初から埋立を強行するものであり、従つて、アセスメントは科学的にも空疎なものであつて、その不合理さは隠すべくもないものである。

そして被告も、それを盲信して本件免許を与えている。被告は、原告ら住民団体の要求にもかかわらず、一度も公聴会を実施せず、影響評価に対する原告ら漁民・住民の質問にも真面目に答えようとしていない。又、本件埋立の受益者である大阪ガス、関西電力は、被告と相通じ、右の努力を怠るばかりか、かえつて、原告ら住民の反対を抑えるために、埋立免許に先立つて法的に根拠のない多額の金員を本件埋立予定地の隣接自治会役員に密かに交付し、疑惑の的になつている。

本件免許の手続的違法は、明白である。

6  結論

以上のとおり、本件埋立免許処分は、瀬戸内海を一層汚染し、大気環境を悪化させ、生命・身体の危険を常時周辺住民に負わせる等、原告らに著しい不利益を強いることになる。

公有水面埋立法に規定された、環境保全及び災害防止に付十分な配慮とは程遠く、瀬戸内海の環境保全を無視したものと言わざるを得ず、瀬戸内海環境保全臨時措置法一三条に違反し、手続的にも行政行為に要求される適正を著しく欠くもので取り消しを免れない。

二 被告

〔本案前の主張〕

原告らは、本件公有水面埋立免許の取消を求めるにつき何ら法律上の利益を有しないから、行政事件訴訟法九条の規定に照らし、本件訴えを提起する適格を欠くものであり、本件訴えはいずれも不適法として却下されるべきである。

1  取消訴訟は、行政によつて違法に侵害された私人の権利回復を図り、その救済を目的とするものであり、裁判所は、個別的・具体的な法律上の争訴に法律を適用してこれを解決することを使命とするものである。そして裁判は、具体的事実に実体法規を適用して権利の実現に奉仕するものであり、実体法という判断基準によつてその公正が担保されるものである。取消訴訟についていえば、当該行政処分がその根拠法規に照らして違法であるか否かを判断すべきであつて、当該実体法規から遊離してなされるべきものではない。

このような司法権そのものの性質ないし機能の特質は、行政訴訟の在り方を見極める上でも、行政事件訴訟法(以下単に法と云う)九条所定の「法律上の利益」の有無の判断に当たつても、当然前提とされなければならず、その結果として、「法律上の利益」の有無は、当該処分の根拠法規が処分の取消しを求める者の個人的な利益を保護対象としているか否かにより決せられるべきものである。したがつて、仮に、同条の「法律上の利益を有する者」の範囲を拡大するとしても、それは、私人のある利益が当該行政法規により保障されている利益と解し得るか否かによるべきであつて、主観的には保護に値するものと考えられるような利益であつても、これを実体法に即して評価することができない以上、法律上の利益には高め得ないものである。

「法律上の利益」を「法律上の保護に値する利益」と解し処分の違法性を争う者がその効力を否認する実質上の利益を有しさえすれば、それが事実上の利益であると否とを問わないとする見解があるが、そのいうところの「値する」に当たるか否かを決する基準が不明確で判断の客観性が担保され得ないので、この見解に組みすることはできない。

そこで、以下原告らの主張する利益が「法律上の利益」を基礎づけるものでない理由を述べる。

2  漁業者(原告番号1ないし5の原告)と訴えの利益

原告らは、原告番号1ないし5の各原告は播磨灘を主たる漁場として漁業に従事し生計を立てているものであり、本件公有水面埋立は、重大な潮流の停滞、ヘドロの蓄積をもたらし漁業資源を喪失せしめ右各原告らの漁業者としての生活に重大な影響を及ぼすから右各原告らに原告適格が存すると主張するようである。

しかしながら、原告らのいう潮流の停滞、ヘドロの蓄積等により漁業資源の喪失をもたらすとの主張は、その事実の存否はもちろんのこと、それらが漁業資源の喪失とどのようなかかわりをもつのかその因果の過程が明らかでなく、又、それらが原告ら各自の具体的利益にどのようにかかわるかも明らかでなく、従つてその主張自体抽象的であり、原告らの個別的利益に対する具体的侵害性の指摘を欠き、「法律上の利益」を基礎づけるに足りるものではない。

又、前記各原告が加入している岩見漁業協同組合は、本件埋立に関する工事の施行区域について漁業権を有せず、公有水面埋立法の規定する権利者ではないから、この点からも右各原告らは原告適格を有しないものである。仮に何らかの利益が存するとしても、兵庫県は、昭和五一年九月二八日付「姫路港白浜妻鹿地区における姫路液化天然ガス基地造成事業に伴う漁業補償契約」により本件事業の施行について右岩見漁業協同組合などの同意を得、同年一〇月四日その影響補償金を、右各原告らについては右組合長理事神頭字市を通じて支払つている。

従つて、原告らは、本件埋立免許によつて何ら不利益を被るものでもなく、「法律上の利益」を有しないことは明らかである。

3  海浜と訴えの利益

前記五名以外の原告らは、本件埋立地附近に居住し古くから白浜海岸で海水浴、潮干狩等自然環境とかかわり豊かで安価なリクリエーシヨンの場を享受していたが、本件埋立によりこれらの利益を侵害されるから原告適格があると主張する。

しかしながら、右主張はその主張自体抽象的であり原告らの個別的利益に対する具体的侵害性の指摘を欠き、「法律上の利益」を基礎づけるものではない。又、白浜海岸で海水浴、潮干狩等をすることによつて享受する利益は、白浜海岸が自然公物として公共の用に供されていることのいわゆる反射的利益であつて、原告らを含む地域住民が一律に享受している事実上の利益にすぎず、原告らの原告適格を基礎づけるものではない。

ところで、瀬戸内海環境保全臨時措置法及びそれに基づく通達(環水規第一二七号)によると、瀬戸内海における公有水面埋立免許に当たつて、埋立そのものの海水浴場等の利用に与える影響が軽微であることを充分配慮すべき旨定められているが、右規定は、瀬戸内海の環境保全という公共的利益を達成するための免許権者の行政上配慮すべき事項を定めたに過ぎないのであつて、原告らの主張する利益を保護の対象としているものではないから、右規定をもつて原告らの「法律上の利益」を基礎づけることはできない。

4  LNG基地建設と訴えの利益

原告らは、本件埋立完成後の土地利用に伴う大気汚染の進行及び埋立地に建設されるLNGタンクの爆発事故の危険性により原告ら住民の生命、財産が脅かされると主張する。

しかしながら、行政処分の取消を求める原告適格があるというためには、その処分の直接の効果として、原告らの法律上の利益に対し損害ないし不利益が生ずることを要するところ、公有水面埋立免許は、公有水面を埋立てて土地を造成することを認める行為(埋立権の賦与)にすぎず、埋立工事完了後の埋立地の利用によつて発生する問題は、公有水面埋立免許の直接の効果とは到底いえない。従つて、原告らの右主張は「法律上の利益」とは関係のない主張である。

又本件においては、埋立地は関西電力株式会社及び大阪瓦斯株式会社によりLNG基地として利用されることが予定されているところ、右基地に設置されるLNGタンク等の安全性については、電気事業法、ガス事業法に基づく各所管行政庁が審査することとなつていて、被告には右審査権限はないのであるから、この点からも原告ら主張の事情は、本件埋立免許処分の取消を求めるにつき「法律上の利益」を基礎づけるものではない。

なお、公有水面埋立法四条一項三号は「埋立地ノ用途ガ土地利用又ハ環境保全ニ関スル国又ハ地方公共団体ノ法律ニ基ヅク計画ニ違背セザルコト」と規定しているが、右規定による埋立免許権者の審査は、埋立地の用途が国又は地方公共団体の法律に基づく計画に違背しているかどうかという右法律に基づく計画との斉合性を図るという公益的見地からなされるものであつて、その用途ないし用途に伴い発生する種々の問題の具体的内容、即ちLNG基地の建設及びその安全性については前記のとおり電気事業法、ガス事業法に基づく各所管行政庁の認可によつて審査されるべきものである。従つて、公有水面埋立法の前記規定は、国民の個々具体的な権利を保護したものではなく、原告らの「法律上の利益」を基礎づけるものではない。〈以下、事実欄省略〉

理由

一行政事件訴訟法上、抗告訴訟は、違法な行政処分に対する私人の権利、利益の救済を図ることを主眼としたものであり、行政の適法性ないし法秩序の確保は、私人の権利、利益の救済を通じて達成される副次的な効果にすぎないものと解される。

従つて、抗告訴訟を提起し得る者につき、行政事件訴訟法九条は、行政処分の取消の訴は、当該行政処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる旨規定しているのであり、右にいう法律上の利益とは、法律上保護された利益のことをいい、それは、当該行政処分の根拠法規が個人の利益を個別的具体的に保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果、一定の者が受けることとなる反射的利益や単なる事実上の利益とは区別されるべきものである。

二原告らは、本件埋立予定地周辺の海域で操業する漁業者ないしは周辺住民として、本件公有水面埋立による潮流の変化、汚染の蓄積等環境に及ぼす悪影響並びに埋立地上に建設されるLNGタンクの爆発に伴う危険性及び埋立完成後の土地利用に伴う大気汚染の進行等を理由として、本件公有水面埋立免許の取消を求めている。

公有水面埋立免許においては、免許出願の願書に「埋立地の用途」を記載すべきものとされ(公有水面埋立法二条二項三号)、そして免許の基準として、「その埋立が環境保全及び災害防止に付き十分配慮せられたるものなること」(同法四条一項二号)、「埋立地の用途が土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体(港務局を含む)の法律に基づく計画に違背せざること」(同法四条一項三号)とされ、又、埋立に関し利害を有する者は免許権者に意見書を提出することができること(同法三条三項)になつている。

原告らは、これらの規定を根拠として、埋立免許に際して、周辺住民や漁民が埋立により受ける環境悪化や埋立地上のLNG基地の操業に伴う危険性が審査されるから、前記規定は原告らの個別的具体的利益を保護することを目的としていると主張する。

しかしながら、前記四条一項二号の規定は、国民の健康の保護と生活環境の保全という公益実現を図り、一定水準以上の環境を確保するという行政目的のための抽象的基準と解されるものであり、又、前記四条一項三号の規定も、LNG基地に関する安全性の確保、大気汚染等の規制は通産大臣が行なうことになつている(電気事業法四一条、四三条、四八条、五二条、ガス事業法二七条の二、二七条の四、二八条、三〇条、大気汚染防止法二七条二項等)ことに照らせば、その免許権者の審査も、埋立地の用途が土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体の法律に基づく計画との適合性を有しているか否かという一般公益的な見地からなされるものというべきである。更に、前記三条三項の規定は、地域住民等の意見を免許の際の参考に供しようという趣旨であり、それらの者の利益を法律上個別的に保護したものとは解せられない。

そうすると、これらの規定による免許権者の審査は、いずれも公益の実現を目的とするものであり、右規定が、原告らが主張する、埋立による環境悪化や埋立地上のLNG基地の操業に伴う危険を受けないという附近住民や漁民の利益を個別的、具体的に保護したものと解することはできず、他に、公有水面埋立法に右利益を個別的、具体的に保護したものと解し得る規定は存しない。

なお原告らは、昭和五三年法律六八号はよる改正前の瀬戸内海環境保全臨時措置法一三条及びそれに基づく通達(環水規一二七号)によると、瀬戸内海における公有水面埋立免許に当たつて、埋立、埋立地の用途及び埋立工事による自然環境への影響が軽微であること等を十分配慮すべき旨を定めているから、原告らの主張する利益は実定法上保護されている利益であると主張するが、前記臨時措置法は、国民的財産である瀬戸内海の環境保全を通して公共の利益の増進を図ることを目的としたもの(同法一条、三条)であり、原告らの主張の前記規定も、そのような公益的見地からの規制と目すべきものであつて、瀬戸内海沿岸住民の個々の利益を保護したものと解することはできない。

三そうすると、原告らは本件公有水面埋立免許処分の取消を求める法律上の利益を有するものとは認め難く、本件訴えはいずれも原告適格を欠く不適法なものであり却下を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(林義一 河田貢 三輪佳久)

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